【不倫の季節】



 私にはあれやこれや色々と望みがあるのだけど、彼に言わせればそれはただの妄想らしい。
 望みが妄想で終わってしまうほどに私には自由な時間が無くて。それはもちろんアイドル天海春香として喜ぶべき事なんだけど、少しだけもったいないなと思ってしまう女子高生、天海春香もここにいる。もっと早く。もっとゆっくり。その2つの利己的な想いが波となって私自身を浸食しながらも、バランスをとって今の私をここに立たせている、んだと思う
 まぁとにかく。
 夏は、そんな季節だ。

「プロデューサーさん、見て下さいあれ!」
 先ほど駅前で貰った団扇で、モザイク柄に舗装された通りの向こう側を指す。彼が、おうと言って視線をやったそこには、大きなイルカの写真が貼られた広告トラックが信号待ちをしていた。
「これ」
 同じ写真が貼られた団扇を目の前に掲げる。
「ね? いっしょ」
 彼はまた、おうとだけ言って私から団扇を受け取り、手の中でそれをころころと転がした。
 今日は少しだけ風が強い。街路樹をざわざわと揺らすその音色が心地よくて、このどうしようもなく熱い日差しをほんの少しだけ和らげてくれる。
「今年は二人で海に行きたいですね」
「この前撮影でグアムに行っただろ?」
 なんでこの人はこうデリカシーがないのだろう。私は頬を膨らませて彼を睨む。
「そういうのは違います」
「何が?」
「何もかもです」
 肩を竦める彼に呆れて、私は両手の人差し指を空に向けてくるくると廻しながら前を向いて歩き出す。
「いいですか? まず二人は駅前の時計台で待ち合わせをします。でもこれからの事を思って待ちきれない二人はそわそわそわそわ。結局、予定よりも2時間も早く蝉の鳴く時計台の下へ来てしまうのです。そう、偶然にも同じ時間にぴったり!」
 両人差し指の腹をぺちんと合わせる。
「これが、愛の力です」
 にへらっと頬を弛ませて、素敵でしょう、と私は後ろを振り返る。
 彼は、素敵素敵前向け前と団扇でこちらを扇ぐ。その風を感じながら、私はひとつ頷いてまた前を向いて歩き出す。
「二人はあえてローカル線の鈍行列車を選びます。車両には二人以外は誰もいなくて」
 私は調子よく歌うように話を練り上げる。
 二人が手を繋いで浜辺に降り立つ場面を語った所で、びゅうっと強い風が吹いた。
「きゃっ」
 私の頭から帽子が飛ばされる。彼に買って貰った大切なハンチングだ。あっ、と慌てて目で追う。
 後ろからにゅっと手が伸びてきて帽子を掴んだ。
 よかったぁと胸をなで下ろすと、彼はそれを私の頭にぎゅっと被せた。
「おかしな妄想ばかりしているからだ」
「おかしくありません」
「じゃあアホだ」
「プロデューサーさんは、アホな女の子が好きなんですよね」
 彼は無言で帽子の上から私の頭をがしがしと撫でる。
 イルカのトラックが待つ信号はいつまでも青にならず、イルカの団扇は彼の手に握られ、そう、私はアホな望みを妄想をする事しかできない。

 誰がなんと言おうと、夏はそんな季節なのだ。



 ……これ、あPじゃね?w それはともかく、相も変わらず朴念仁なPに、ちょっとばかり業を煮やすような春香さんが、まるで歳上のごとく恋愛論を語るなんざ、まさに今そこに生きている感がひしひし。

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 はるかさんはやはりてんしだということがしょうめいされた!

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 さわやかな春香SS……と思いきやタイトルが不穏でぐるぐるといろいろ考えちゃいました。「アホな子が好きなんですよね?」とかいろいろ深読みしたくなっちゃいますね!

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 天海春香という女の子の眩しさがどこから来るのかと考えたら、それはやはり恋する乙女のパワアというやつなのかもしれない。ひゃあ、あついぜ。

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 これぞ春香さんの青春、という感じですね! 天海春香で夏、と言えばもう有無を言わさず太陽のジェラシーなのですが、あの曲の歌詞は結局徹頭徹尾空想の世界であるというところを十分に踏まえた、佳作かと。(千早語尾落ち)

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 これは、タイトルがなんというか意味深ですね……タイトルコミで、色々と妄想が膨らみます

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 相手の言葉の単語をちょこちょこと取るところが可愛らしくて好きです

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 春香さんは少し阿呆であるべきで、私はそんな女の子が好きなのだと思いました。

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 『普通の女の子』と『アイドル』の二つを矛盾無く内包する春香には、やはりこういった王道的な会話やシチュエーションが似合うなあと思いました。春香可愛い!

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 一度読み流して、もう一度読み直してみて「なんだ二人で旅行でも行くのか?妄想一部叶うんじゃないか」と思い、三度読み直してタイトルの不穏さに気づく。春香が徹頭徹尾人間を目に入れないのは、『他の人』を考えたくないからなのかな、などと考えさせられました。Pが既婚者と読むと、一夏の火遊びに憧れる少女春香なのか、それとも……

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 春香さんが可愛いです。ちょっとあざとく感じるあたりも春香らしくて。

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 タイトルで内容がガラッと変わって見えるのが面白い。『夏はそんな季節だ』ってセリフが良いですね。

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 「不倫の季節」というタイトルが実に意味深です。タイトルなしで読むと一見爽やかな青春作品に見えるので すが、タイトルの意味を考えながら読むと興味深い部分がいくつもありました。

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 一読したときはよくわかってなかったのですが、タイトルが意味深すぎて…。そういう前提があると思って読み直すと、なかなか春香さんが切ない…。

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 小悪魔っぽい春香が可愛い。タイトルを見るに、Pさんは既婚者なのでしょうか……(ドキドキ)。短文ながら、この二人の設定に奥深さを感じました。



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