【一身上の都合により】



「退部届、か」
 差し出された白封筒の表に記された文字を見て、私は微笑んだ。
「あなたらしいね」
「お世話になりました、とはとても言えませんね。ご迷惑をおかけしました」
 彼女が深々と頭を下げる。
「気に病むことはないよ。始めから歩く道が違ってたんだから。正直、もっと早く言いだすかと思ってた。……でもさ、私は如月の歌声、好きだよ。だから、夢が叶うように願ってる。ここでなくても如月の歌が聴けたら、それでいいからさ」
 別れの挨拶のつもりだった。けど、彼女は意外な方向へ話を持っていく。
「一つお訊きしていいですか。その、失礼なのは承知の上で」
「うん?」
「部長がここで歌い続ける理由です」
「歌が好きだからだよ。決まってる」
「でも、部長が本当に作りたい歌はあんなものじゃない。現状に満足しているはずがないのに、なぜ」
 微笑が苦笑混じりになる。相変わらずの不器用だ。でも、自分と直接関係ない事にも興味を示すようにはなったのか。
「そりゃほんとに失礼だね、みんなが聞いたら怒るよ」
「すみません」
「いいよ、たぶん最後の機会だし、他に誰も聞いてないから――そうだね、座って話そうか」
 机に肘突いて、窓の外に眼をやる。居住まいを正した彼女の端整な顔が、視界の隅を彩る。
「答える前にこっちも一つ訊こうか。ここの歌が私の望むものじゃないって思ったわけを」
「ザ・シックスティーンです」
 ああ、そういえば一度この部屋で、彼らのCDを聴かせたっけ。
「如月の好みじゃなかったみたいだけど」
「ええ。でも、心惹かれる人がいてもおかしくないとも思いました。響きが透き通っていて、力強くて。本当はあれが理想なんでしょう?」
「理想と現実とは違うよ」
「でも近づく努力はできたはずです。せめて部の方針を変えるくらい」
「みんながそれを望めば、ね」
「説得すれば」
「同意しない人には出てって貰うの? 勘違いしないで、如月。合唱部は私の持ち物じゃない」
「勘違いなんか」
「してるよ。活動方針は顧問の先生が決めることだ。部長の役目は、部が1人でも多くの人の居場所であるように、環境を整えることだよ。歌が好きでしょうがない人間じゃなくても、楽しく歌えるために、ね」
「楽しく、歌える」
「そう。ほんとは如月の居場所も作れれば良かったんだけど。あなたや私のためだけに、部を作り変えるわけにはいかないから。ごめん」
「……だめですね、歌のことになると、つい我を忘れてしまって。もう少し我慢できていれば、色々得られたのかも」
「それでいいんじゃないかな、如月は。そうでなくちゃ得られないこともあるでしょ」
「かもしれませんね。――もう行かないと。ありがとうございました」
「ああ。活躍、楽しみにしてる」


 帰っていく彼女の後ろ姿を、見送りのつもりで窓から眺めてたら、校門の外で出迎える年上の男性が眼に入った。
 そっか、彼が居場所を与えたんだ。

 ほんの少しだけ、悔しくなった。


〜了〜


 誰かが与えてくれる場所。誰も与えてくれない場所。奪われても求める場所を渇望するのは、誰だって同じ。ましてや、現実と言う壁がどのくらいかもわからない、そんな壁を、部長さんは見てしまったんだろうね。悔しい、そのストレートな言葉が、僕らの胸を深くえぐる。

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 プロデューサーでも他のアイドルでもない、一般人から見たアイドルの姿と、誰もが憧れた存在への羨望というものが描かれていてすばらしい。というかこれ肉塊さんじゃないかな!?

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 部長かわいいです。結婚してください。

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 ちーちゃんにとって歌というものは、誰かに聞かせるものであって、誰かと一緒に作るものでは、なかったのかも。誰かとともに歌う楽しさにもう少しはやく気がついていれば、別の未来があったのかも、しれないね。

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 アイマスの女の子達はアイドルとしてのパブリック・イメージ、プロデューサーの前で見せる諸相、それからプライベートの姿という三面性を持つみんな阿修羅だねとても阿修羅だねとでも言うべきキャラクターなのですが、充実していないが故にプライベートに言及されることの多い千早像の一つとして、引退した合唱部というのはアプローチとして王道の一つではないかと思います。千早の内面の僅かな成長を感じる辺りが青春スメル放ってていいなあと思いました。アイマス外から引用を持ち込むのは好き好きがあるかと思うのですが、外部からの情報を註として差し挟むことで結果的にやや、描写をサボってしまっているのではないかという印象を持ちました。でも「このCDが作者にとっての青春の一枚なんだろうなあ」と想像すると微笑が浮かんできたので、それもそれで青春の一手法なのかもしれませんねw

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 これは好きです

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 サバけた感じの部長さんのキャラがいいスパイスになっている感じですね

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 ラスト一行で綺麗に落としていく。掌編らしさに好感を持ちました。

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 大好きです。合唱部の部長が、大変かっこよく、切のうございました。

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 ああ、これは良いものだ

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 千早に部長、ともに口調にブレが大きく見られた。話の筋がいいだけに、口調がどうしても気になって仕方ないです

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 千早は融通のきかない、というよりは柔軟性に欠ける娘だと僕は考えています。もちろんそれは未熟な若者であり、これから羽ばたく雛鳥である少年少女ならば誰もが通る道であります。この作品では、千早の持つ生真面目さというか、融通の利かなさをうまく書いていたなと思いました。さらに、最後の感情を『悔しさ』にしたのもすごくうまいなあと思いました。

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 特別な千早と、特別にならなかった部長の対比が色濃く感じられます。得るものはなかったと断じた千早コミュの裏側はこうだったのか、と唸らされました。孤高の歌姫でい続けなければ得られなかったものを選んだ千早。そんな千早への共感が見え隠れするけれども、一緒に飛ぶことは選べなかった部長。不器用で懸命な青春真っ盛りな少女たちらしさがとても出ていたように感じました。

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 千早は不器用なところが可愛いと思うのです。そんな彼女の魅力がよく出てると思います。

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 これは実に良い青春ですね。部長と千早の立場の違いがよくわかります。そして、恐らくはどちらも正しいのでしょう。最後の嫉妬が、Pと千早のいずれに向けられたものなのか、あるいは両方なのか。味わい深い作品でした。

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 合唱部の部長がいいキャラすぎて惚れた。この二人は、互いに印象に残る存在だったんじゃないかと思いました。居場所を作れなかった部長と、居場所を作ったPの対比が良かったです。



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