【放課後にて】



 とある、君についての話。




 長い、長い廊下、赤く差す夕日、君は歩いている。

 ここは学校、着ているものもステージ衣装ではなく、普段通学に使っている制服だ。

 しかし時間は下校時刻をとっくのとうに過ぎ、丁度田舎らしくサイレンの音も鳴った頃。

 そう、君は忘れ物を取りに来た。

 仕事のスケジュールを可愛い字で書き留めた、大事な大事な手帳を君はついうっかり机の中に入れっ放しにしてしまったんだ。

 だから誰もいなくなった校舎を一人寂しく、ため息をつきながら歩かなければならない。

 ほら、俯いたままだと教室を通り過ぎてしまうぞ。

 扉を開けよう、君の名前は『あ』から始まるから、出席番号順だと席は窓際の前から2番目になる。

 午前中は日差しが少し厳しい席だ、だのに君は「おひさまが気持ちいい」といつも居眠りをしているだろう。

 今日の2限目の日本史でも、平城京で繰り返される権力闘争を右から左へ聞き流し、ついには脳天に出席簿が叩きつけられたことを思い出すといい。

 そうか、毎度のことすぎて今更記憶に残ることもないのか。

 お気に入りの手帳はどうなった? 君は何やら不思議そうな顔をしている。

 さて、ここで君が手にしているのは手帳ではない、白く丁寧に留められた便箋だ。

 少し考えてみれば理解できるだろう? それがただの手紙ではないことを。

 顔が明らかに赤くなったな、君にとって初めての経験だから、致し方のないことだ。

 ここは無人の教室なんだから、そんなに首を左右に振ったって骨が痛くなるだけ損というもの、よしといたほうがいい。

 続いて君は携帯の電話帳を開いた、誰に連絡する?

 『か』行を開き、仕事で一番仲の良い友人に自慢ついでの報告をしてもいい。

 友人はまず興奮気味の君を落ち着くように諭すだろう、そしてこう続ける。

 「まあ、なんでも、いいけれど」と。

 もしくは『は』行を開き、仕事で一番お世話になっている憧れの人に相談してもいい。

 君にとって交際相手が出来た出来ないという話は、仕事上とても重要な問題となるから、それは非常に正しい選択だ。

 だが君が本当に求めているものは、彼のほんの少し嫉妬の混じった声だろう?

 あれやこれやと彼との返答を想像しながら、にやけ面を剥がそうともしないで、君は教室を出た。

 戻ってくるまで、あと2分はかかるだろうか。

 ……

 ああ、早足で戻ってきた。

 自戒のつもりかな? そうやって自分の頭をコンコンと叩いているのは。

 急いだほうがいい、日が完全に落ちた田舎道はお世辞にも安全とは言えないから。

 だけど走るのは止めておけ、なんていったって君は、君だ。

 君は走っちゃいけない、廊下を走っちゃ、駄目なんだってば──














 ──ほらみろ。

<fin>


 彼女の一挙手一投足をつぶさに観察し、彼女の交友関係まで見通している。いったいあなたは誰なんだい? そう思わせるような、素振り。正体はきっと、本当に嫉妬したいのもきっと、そういうことなんだね。ああ、夕焼けが目に眩しいなぁ、そんなヒトコマ。行間を利用した落差、綺麗な着地でした!

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 空白の使い方、言うなれば「間」の巧さがすごく印象的です。「春香」という名前は出てきませんけど、ものすごく春香が春香らしく動いていて可愛くて大好きです。

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 これはまぎれもなく青春の1ページ

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 転ぶぞ、いまに転ぶぞ、ほんとうに転ぶぞ。でも、春香は知ったこっちゃなしに走るんだろうなぁ。。

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 ストーカーこわいです

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 春香さんがかわいくてご飯がおいしい

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 センスの一言で片づけられるかもしれない細かい話になりますが、形容が過剰であるか、言葉のかかりかたが(つながるパターンとして)不自然に感じられたところがあったのが、気にかかりました。ずれを用いて文意を強調したり、異化効果を適用するという技法もありますが、今回の場合、語りの視点に徹底した文体を採用した方が良いのではないかと、お節介ながら。キャラクター像はとても(「さんのつかない」)春香らしくて、楽しく読ませていただきました。

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 「ほらみろ」の余韻が、最高です。よい青春でした。

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 二人称文体を利用しつつも、アイドルマスターを知り、その中核ともいえる彼女を知っている僕には、SSの光景が三人称視点で想起できてしまいました。これはもうお見事ですとしか言う他ありません。感服いたしました。

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 放課後、忘れ物、そしてラブレター。まさに青春の一幕。言ってしまえばベタなそれを、二人称小説という形式を用いることで上手に料理されていると感じます。まさにアニメを見ているような感覚で読めました。

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 独特の語り口で引き込まれて、オチでなるほど!と。とても切れ味のよい見事な作品だと思います。

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 春香を見守る謎の存在、いったい何なんでしょう。動物か、あるいは神様なのか。それを想像するだけで楽しくなってしまいます。的確な表現かどうかはわかりませんが、特に最後の部分などは宮沢賢治的なテイストを感じました。

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 二人称視点が新鮮でした。少ないヒントから人物像が浮かんで、ところどころクスリとしました。どんがら春香さん可愛い。

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 春香さんかーわーいーいー。一文字ずつ積み上げるのではなく、掌編だからこそ出来る削り出すような文章は読んでてとても楽しいです。少ない文字数に合わせたのではなく、これが最もベストな形だとして書かれたのが分かりました。すごいなぁ。そして春香さん可愛いなぁ。

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 こういうのもありなんだなぁ… 字数制限ならではの試みって感じですね



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