【ポテトサラダ】



「高校の恩師にインタビューと、母校で撮影。いい感じでしたね、あずささん」
 プロデューサーさんと懐かしい渡り廊下を歩く。
「ええ、とても楽しい時間でした」
 お仕事を終えた私たちは、学校の許可を貰ってお昼を学食で取る事にしていた。
 校内はまだ授業中。昼休みになる前に食べてしまおうと言うことで。
「私ね、いつも学食でAランチを食べていたんです。曜日によってメニューが違うんでほぼ毎日食べてました」
 懐かしい学食入り口の献立を見る。私がいた頃と全く変わっていない。
「あ、それじゃ俺が買ってきますよ」
 そう言ってプロデューサーさんは食券を買いに向かう。
 厨房の中も変わらない。見知ったおばさん達が忙しなく動いていた。
「はい、Aランチ。でもこれで400円って安いですよね。煮込みハンバーグに、オムレツとフライ、それとポテトサラダ……って、あれ。片方ポテトサラダがきんぴらごぼうだ。あずささんどっちにします?」
 私は一瞬言葉を失う。だけど、すぐに笑ってこう言った。
「きんぴらごぼうが、私のなんです」
 プロデューサーさんはきょとんと、不思議そうな顔をした。



 懐かしい味だった。高校時代と何一つ変わらない味。
「私、昔ポテトサラダが苦手だったんですよ。今は大丈夫なんですけど」
 煮込みハンバーグは、イマイチ味が染みてない感じ。
「え、そうなんですか?」
 オムレツは、少し固くて甘い味付け。
「でもAランチ、他の献立は毎日変わるんですけど、ポテトサラダは必ずついてきてたんです」
 何のお魚か未だに分からないフライ。
「だからある時言ったんです。『ポテトサラダ苦手なのでつけなくていいですよ』って」
 どうにも味が薄いお味噌汁。
「しばらく何もなかったんですけど、ある日、きんぴらごぼうが付いてたんです」
 そう、この苦味が強いきんぴらごぼう。
 ちらと、厨房を見る。おばさんたちは昼休みを前に、準備で忙しそうだ。
「……私の事、覚えててくれてたんですね」
 私がこのAランチの味を覚えていたように。
 おばさんたちも、ポテトサラダの苦手な私の事を覚えていてくれたのだ。
「あの、よかったら、ポテトサラダを半分いただけませんか?」
「いいですよ」
 ポテトサラダを口に運ぶ。ザラリとした食感のあと、すぐにトロリととろけていくポテト。凄く美味しかった。
「こんな味、だったんですね……」
 あの頃食べられなかったポテトサラダを、私の中にあるAランチの思い出に刻み込む。
 10年経って、20年経って、学食のメニューが変わっても忘れないように、ゆっくりと味わった。



「ごちそうさまでした」
 食器を返却口に戻し、厨房に向かって声を掛ける。
 あの頃いつも注文を聞いてくれていたおばさんが振り向いて、ニコッと笑った。
「頑張りなよ!」
 その笑顔を、私は高校時代を振り返るたびに思い出す事だろう。
 一品増えて少しだけ豪華になった、Aランチの味とともに。




お粗末様でした


 育ち盛りの高校時代、昼食は永遠のテーマだった。僕らは310円の、一種類しかなく数も少ない定食に3限の後からもう並び、10分少々の授業間隔の合間に平らげていた。そこで働くおばちゃんたちは、いつも変わらない佇まいで、僕らを見ていたんだろうと思う。学食に垣間見るあずささんの高校時代、ほろ苦いきんぴらごぼうの味は、そんなあずささんの青春の一部だったのかも知れませんね。ごちそうさまでした。

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 青春パワーの4割はお昼休みと昼食の献立からやってきたと言っても過言ではあるまい。。

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 1200字でうるっとこさせるその手腕に脱帽です。懐かしい味。学校の学食というたいていの人が経験している物を上手く使ってじんわりくるあったかさみたいなものが実感できて、すばらしかったです。

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 あずささんの過去背景が読み取りやすく、とても感情移入できました。読んでて温かくなりますね。

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 学食のおばちゃんにとっては今も数年前も同じあずささん。過ぎ去ったものと思っていても、振り向いてみれば変わらずそこにあったというお話ということでいいのでしょうか。置いて行ってしまったと思い込んでいる青春は、或いはまだすぐ側にあるのかもしれない、なんてことを思いました。

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 青春すぎてずるいです。「何のお魚か未だに分からないフライ」の下りで自分の高校時代と重なって泣きたくなりました

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 素晴らしいの一言

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 多分印象に残る生徒さんだったんだろうなぁ、と思います。主におっぱいが。

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 ごちそうさまでした。これはよい「里帰り」ですね。おばちゃんの暖かさが大変心地ようございます

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 僕には思いつかなかったです。お見事。シャッポを脱ぎます。

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 ババア、俺だー! きんぴらあーんして食べさせてくれー!!

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 過去を懐かしむ話なんだけど、それが湿っぽくならずに、どこか爽やかな読後感になっているのがいいなと思います。

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 思い出の味も青春なら、新たに刻んだ今の味も、思い返せば青春となるのでしょう。綺麗な流れがとても良いです。

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 最後の「お粗末様でした」という締めにやられました。きんぴらがつき始めたのは、もしかしたらあずささんがフラれた後に落ちこんでいた時かなあ、とか妄想が広がりました。いや、これこそお粗末ですね。

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 青春真っ盛りな学生時代の一端、学食は切っても切れないものですよね。心が温かくなりました。

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 あずささんにとっての思い出の味が、青春時代と結びついているのが素敵だと思いました。細かいAランチの描写とか、おばちゃんの激励とか、読んでて胸があったかくなりました。読みながら自分自身の学食の記憶が浮かぶあたりに、この作品の良さがあると思います。ごちそうさまでした。

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 ご馳走様でした!過去、青春を突き放すでも強く抱きしめるでもなく、優しく微笑みかけるようなお話を、綺麗なだけでなく読んでて面白くするのはすごく難しいのに。ぐいっと引き込まれる力がありました。すごいなぁ。ただ、物語のピーク、読者を最も引きつける事が出来るポイント、ポテトサラダの味の描写。それを食感と「凄く美味しかった」だけであっさりすませてしまうのはもったいないかなと思います。自分なら無理矢理青春っぽい比喩をあてるか、あずささんの描写だけですますか、もしくはばっさり切り落として読む人の想像に任せるかするのですが。ってなんだこの上から目線。本当にご馳走様でした。

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 学食というテーマで、あずささんを選んだのが上手かった。オチから遡るに、話の見せ方を良く考えて書いたのだと思う。良作。

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 こういう、あの日の青春を時を経て補完するというようなお話は大好きです。あずささんにぴったりな世界観で面白かったです



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