【さかのぼるFAQ】



「――そうね、あの映画のオチはどうかと思ったわ」
「――あはは、『それは死ぬ前に考えることだ』ってね」

「……ねえ春香、話は変わるんだけど青春って何だと思う?」
「どうしたの、何か嫌なことでもあったの?」
「そういうのじゃないわよ。ただ、聞いてみたくなっただけ」
「珍しいね。でも、そっか。千早ちゃんもか」
「何というか、考えこんでしまって。考えても言葉が出ないの」
「きっとさ。それは今を一生懸命生きていて、後から考えるものなんじゃないかな」
「そうなのかな。きっと、そうなんでしょうね。でも……」
「また、何かに詰まってるの?」
「――ええ。どうしたらいいか、わからないの」
「そうだね、んー……えへへ、嬉しいな。千早ちゃん、わたしに相談してくれるなんて滅多になかったから。それで、ちゃんと聞いてもいい?」
「何て言えばいいのか……。きっとそれは、風のようなものだったと思う。常に動いていないと空気と判別できないような。何と言っていいのかわからないのだけれど」
「きっとそれは、千早ちゃんが今幸せだから感じることだよ。わたしにはわからない。きっと、わたしたちが自分で決めなきゃいけないことなんだと思う」
「わからないの。自分が立っている場所が崩れ落ちて、中空に放り出されたかのような。不安定な感じ。今までわたしは、何をやってきたのか、何を目指していたのかわからなくなる」
「難しいね」
「難しいわ」


 わたしはそこでテープを止めた。
 ずいぶんとものが少なくなってしまった部屋の中。なんとなく残した古いレコーダー。これを撮った時のわたしは、どうしてこれを残そうと思ったのか。ただ、一つの泣きたくなるほどに切ない、くだらない問いかけ。
 この後、千早ちゃんは成功した。わたしは失敗した。
 千早ちゃんは、ちゃんと幸せになったんだろうか。
 空気が薄くなる。呼吸が難しい。彼女が妬ましい。
 輝きのない人として、生きていく。
 それが、辛い。
 だから、わたしは問いを発する。何度でも。


 わたしはそこでテープを止めた。
 いつしかものがあふれそうになっている部屋の中。なんとはなしに買い換えることになかった古いレコーダー。こんなくだらない会話、春香が撮っていたなんて全然気づけなかった。今聞くと、泣きたくなるくらいに、切ない。
 この後、わたしは成功し、春香は失敗した。
 そこから、わたしは灰色になった。どれだけものを増やしても、本当に大事なものはこの手に残らない。
 眩しい輝きはわたしに影を落とす。
 それが、辛い。
 春香は幸せになっているのだろうか。
 今すぐ彼女と話したい。あの時の事。
 むせかえるような、あの青春の日々。


 現在形は過去形に。ただ、問いを。
 春香が呟いた言葉から、逆転させていく。


「ねえ、千早ちゃん。青春って何だったんだろうね」


 問いは逆転し、時間は遡る。
 一つ一つの言葉をたどるように。
 台詞を下から上に。時を遡る。

 それを聞きながら、
 わたしはただ涙を流す。

終わり。


 青春、光と影

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 タイトルや改行での視点変更など多くのギミックが凄く好みです。

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 短さを生かしたすばらしい切れ味の掌編でした!

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 特に多彩なプレイスタイルが許容された無印において、プロデュースされるアイドルにとっての成功と失敗とは何だったのでしょうか。春香と千早の成功の形が違うように、失敗の形が違うのなら、太陽がヤキモチを妬いてしまいそうな春香にとっての失敗とは具体的に何に当たるのかなあ。春香さんは難解ですね。

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 まず一言「やられたっ!」と述べておきましょうかw 意味深なタイトル、セリフだけでは前後感が逆になっても疑問に思えないフレキシブル構造、そして――と言う一連の流れの組み方はまさに、このスケールならばこその仕掛けとして、そして過去を追想することでしか空白を埋められない千早の切ない思いが、幾重にも折り重なって降ってくるような感覚を覚えました。いやぁ、これはもう、なんかね。もう一度言わせてください。「やられたっ!」、とw

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 濃密なストーリーを感じます・・・これを1200字に収めるのはとても凄いと思います。 タイトルに集約する意味。 読み終わって、悲しみとうぎぎ感の残る作品でした。

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 短編らしい短編だと思う。

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 これはほろ苦い……「青春時代が夢なんて 後からほのぼの思うもの」と歌った歌のことを思い出しました。この後、彼女らに幸がありますように、と祈らずにはいられません

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 文章ギミックが凄く挑戦的で素晴らしかったです。こう言う意欲的な作品は大好き。

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 したり顔で分かったようなことをいうには自分が若すぎると思いつつ。「青春」というのは何かを失った大人の「傷跡」を意味する言葉なのかな、なんてことを考えさせられるSSでした。出血すると分かっていても、傷跡を抉ってしまう大人になった二人。下から上に。問答の意味の受け取り方が肝になる作品かなと感じました。

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 感想を書こうにもどう表現すればいいのかよくわからなくなってきました。こういう作品もアリだなと思えました。楽しかったです

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 これは面白い。視点移動のアイデアが良かったです

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 「青春とは何であったのか」 その答えは、死ぬ前に考えるべきことなのかもしれません。



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