【晩夏の水平線】



先週、ボクらは、大きなオーディションに不合格した。
発表後、落ち込んでいるボクらに、プロデューサーは、いきなりこう言い出した。
「お前ら、今度の休みに泳いでこい」、と。
「お前ら、このオーディションの準備で、この夏、泳いでないだろう。オレが穴場を教えてやるぞ」、と。


誰もいないプールサイドは乾き切っていた。
初めはプロデューサーを笑い飛ばしていた春香が、
今では一番乗り気になって、ボクの前を勇んで歩いて行く。
「本当に誰もいないね、真!」
春香は振り向いて笑った。控えめな花柄のタンキニの水着が、
競泳水着のボクには眩しく見えた。

ころばないでね、と一言呟いてから、
「25mプールに誰も居ないって壮観だね」と答えた。

ここは、あるホテルの屋内プール。
「あのホテル、プールがあるって評判がないだけに、独り占めするにはもってこいなんだよ」
夏の終わりに行ったことあるんだ、とプロデューサーは照れながら言った。
真夏のうだるような陽光と共に、その笑顔はくっきりとボクらの記憶に焼き付いた。


ボクらはプールに、ざぶん、と浸かった。
ゆらり、揺れる波が午後の陽光を受けて、さざめき柔らかく光る。
春香はとん、とん、とプールの底につま先を立てながら、
競走をしよう、と言い出した。
ボクがクロールで泳ぎだすと、春香は懸命に犬かきでそれを追いかけた。
向こう岸に上がったボクが振り向くと、
そこには、顔をくしゃくしゃにして手足を振り回す春香がいた。
ボクは腹を抱えて笑った。春香は手元にあったビート板を二枚もボクに投げつけた。
うわぁ、とボクは慌ててそれを払いのけ、ふと、思いつく。

「春香、サーフィンみたいにビート板に乗れないかな」
「出来ないんじゃない?」
春香はそっけなく答えた。まだむくれているのか、と呆れたところで、気がついた。
リボンを象ったネックレス。ファンからの贈り物の、春香の宝物。
陽光を受けて鈍く光るそれに目を取られていると、春香がもう一度口を開いた。

「試してみたら?」
ボクはそうした。ビート板の浮力に何度も頭がひっくり返って、鼻に水が入り、苦しんだ。
2つのビート板は、ボクの体重と波の浮力を決して受け入れようとはせず、
ボクの足の裏から離れては水面へ鉄砲のように飛び上がる。

「やっぱり出来ないね」
春香はそう呟いた。プールの水平線はあくまで静かに揺らいでいる。
ボクはなぜかいきなり腹が立った。むかむかむかと腹の底から声が溢れる。
そして、ばしゃあん、と両手でプールの表面を叩いた。

「春香、春香ぁっ!手伝ってよ!!」

春香は非常に唖然とした顔をしてから、ぎこちなく、いつもの笑顔を取り戻した。
ビート板。波。陽光。鈍い金属の光。

春香がビート板を支え、ボクはそれに乗ろうと必死になった。
ボクらは何度も引っくりかえり、何度もビート板を顔に打ち付けた。

「春香、次のオーディションは絶対受かろうね!」

ボクが濡れた髪をかき上げ叫ぶと、春香は不器用に笑って頷いた。

(おわり)


 へこたれるなよ少女諸君。きみたちはいつでもまぶしい。

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 水中から勢いよく飛び出てきたビート板が鼻に直撃して、鼻血たらたらな春香さんを想像。

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 二人には、足りないなにかがあった。だから彼女たちは、オーディションに合格しなかった。次のステップに進むために、本当に今の二人に必要なものを探す時間を、プロデューサーが作ってくれたんだろう。「手伝ってよ!」と言う真の叫びは、一人では登り切れないトップアイドルへの階段を登るために、春香と共に求められているもの。彼女たちはきっと、それを見付けた。夏の終わりの水平線の向こうに。美しい描写の合間に挟まるコミカルなスケッチが見事にはまっていたように思います。

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 なんかムダな頑張りが青春ってカンジ

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 屋内プールと聞いて例のプールが真っ先に頭に浮かんだ自分は汚れた人間だと思いました。

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 DSの海に行くパターンを思い出しました。真がムカムカした後「手伝ってよ!」と言い出すのがとてもらしいなと感じます。頭の中のごちゃごちゃに絡まった糸を吹っ飛ばして笑い飛ばして前に進む、そんな思春期のエネルギーが溢れている作品だと思いました。

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 むきになる真ちゃん、かわいいです。二人がこの次のオーディションで合格しますように、と思わず祈ってしまうお話でした

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 真はまっすぐだなぁ

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 真キター! サン組は元気な青春が似合いますね。オーディションに負けつつも、スカッと笑い飛ばして次は勝ちそうな予感のする、そんな二人でした。

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 感動した! どいつもこいつも斜に構えて青春を真っ正面から捕らえる事に逃げ出してる中(暴言)、もう恥ずかしくなるくらいド直球。青春ってのは過ぎ去った後からではないと気づけなくて、だからどうしても大人の視点を入れた方が書きやすいのですが。いやぁ本当の青春ってこういう眩しいものですよね! 現在青春中な年の方が書いたんじゃないかと思うのですが、どうでしょう? もし「とうの昔に青春なんて過ぎ去ったぜ!」ってな感じの人だったら、もうもの凄く羨ましいです。なんだその無敵の感性は。

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 不思議なはるまこですね。2人(とP)はどういう関係なのか、春香のネックレスは誰からもらったものなのか、など色々と考えさせられる作品です。

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 遊んでいるシーンが目に浮かびました。真も春香も可愛い

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 まさしく「夏!」といった感じの作品でした。真夏のうだるような陽光と共に〜 という表現が好きです。



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