【ある日の風景】



久しぶりに、学校で彼女を見た。

如月千早。

いまや、日本で知らない人はいないと言えるほどの有名人だ。
校内でも知らない生徒は居ないだろう。

私も如月さんのことはよく知っている。
「トップアイドル・如月千早」とは、少しだけ違った意味で。

    *  *

如月さんと最後会ったのは確か6月頃だ。部の練習の後だったと思う。
不満げな様子で、彼女は私に話しかけてきた。

「部長、ちょっとお話があるのですが」
「どうかした?」

少し緊張して、私はそう答えた。

如月さんの口調には、いつもトゲが含まれている。
こないだもボイトレの仕方が間違っていると言って、指導役の三年生にかみついた。
先輩方をなだめるのは大変だった。今も少し燻っている。

「部でコンクールに出場を考えていると聞きました。事実ですか?」
「ええ、本当よ」

直前の部の会議で決まった話だ。
この8月に行われる、NHK合唱コンクール予選に出る事になったのだ。

「だとすれば、今のような練習では、入賞は不可能かと。きちんとしたボイトレを積んで――」
「わかったわ」

私は、彼女の言葉を遮った。
ボイトレ、という言葉に反応した三年生がこちらを睨んでいる。
彼女は、いつもこうなのだ。

「……意見すら、聞いてもらえないのですか」
「練習の仕方が悪い、ということでしょ。わかったわ」
「それだけじゃなく、具体的な方策も!」
「それもきちんと考えているから」

私は有無を言わせない口調で再度、彼女の言葉を遮る。

レベルを上げたい、という提案はわかる。
けれど、部の雰囲気をこれ以上壊されるわけにいかなかった。

彼女は呆れたように私を見て、そのまま黙って立ち去った。


会話を交わしたのは、それが最後だった。

    *  *

「あ、部長!」

私に気がついた彼女は、聞いた事の無いような明るい声で駆け寄ってきた。

「ご無沙汰しています。お元気でしたか?」
「ええ。如月さんも頑張ってるみたいね」
「はい、おかげさまで」

彼女はにこりと笑った。

この人は、本当にあの如月さんだろうか。
私は心の底から驚いた。

「ここで会えたのは幸運でした。部長にお話があるんです」
「何かしら」
「私……。合唱部は、退部させていただこうと思います」
「……そう」

予想していた事だった。
当然いまさら、有名ボーカリストの彼女が、合唱部で歌を歌う必要はないと思う。

「本当は……続けたかったのですけれど」
「え?」
「部長にはご迷惑をおかけしました。コンクールの時も、生意気を言ったと思います」
「そ、そんなことないわ。如月さんの言う事ももっともだ、と思うし」
「そう言っていただけると嬉しいです。でも、もう少し言い方がありました。申し訳ありません」
「如月さん……」
「あ、いけない。次の仕事があるので、これで失礼します」
「え、ええ」

私が生返事を返すと、彼女は柔らかく微笑んで、颯爽と去っていった。

凜と伸びた如月さんの姿を、陽光が包み込んだ。
まるで、光の道へと歩んでいくかのように。

(fin)


 これすき

----

 なるほど、確かにこれ(※ネタ被り)は絶叫が上がるかも知れないw でも、またちょっと違った千早だな、と言うか、余裕のある千早と言うとちょっとおかしいかな? 千早、学校、とくるとやはり合唱部のことは避けては通れない部分だと思いますし、そのあたりのエピソードをどう描くか、筆者それぞれの解釈の違いが面白かったです。「生意気言ってごめんなさい」と言えるまで、大人になった千早は、僕らからすれば頼もしくみえるけれど、部長さんの心境は少し複雑だったのでしょうね。

----

 この題材を1200文字で終わらせるのは惜しい気がしました

----

 軟らかくなった千早にほっとしつつも、少し苦い余韻……彼女らがいつか、声を重ねられる時が来ればいいな、と感じました

----

 合唱部ネタの難しさは、如月千早の物語と対立させるだけの命題を、短い字数で部長に背負わせねばならないところにあるのかな、と思いました。同じネタでも、作者によって人物像が違うのが興味深いですね。

----

 「男子三日会わざれば刮目して見よ」ではありませんが、気がつけば大きく、眩しく成長しているのが中学、高校生ほどの年代の子かな、とそんなことを思わされます。「ある日見た彼女はいつの間にか飛ぶ場所を得ていて、その姿は光に包まれていた」。「私」こと合唱部部長からすればまさにこれから先、大人になってもずっと忘れ得ない「ある日の風景」だったのだろうと感じました。

----

 こちらの作品は、アイドルに取り残された一般人の感慨のようなものがよく表れていたと思います。千早は「彼女たちの世界」に行ってしまったのでしょう。

----

 これが噂のネタかぶり… でも、趣は全然違っていて、おもしろいですね

----

 合唱部の退部を前後に、千早の変化を描く作品は過去にも多数存在しましたが、この短さで落差をきちんとつけているところに好感が持てました。部長が守りに徹してしまった、千早の声を遮った、という流れは、本コミュの千早の無力感にもうまく繋がるのではないでしょうか。短いながらも好感のもてるシナリオでした。字数を増やした版でも見てみたいです。

----

 部活というのも青春の王道だと思います。被り気味のがあったのがちょっともったいないかも。



前の作品  << もどる >>  次の作品

inserted by FC2 system