【河川敷なう】



 

 目の前で、ゆったりとボールが飛び交う。川を挟んだ向こう側では、ユニフォームに着替えた少年達が野球をしている。目の前と向こう岸を見ながら、『河川敷なう』なんて、土手に腰掛けてツイートを送る。
 体育でスポーツテストがあるからと、愛ちゃんはグローブ片手にボールを投げる練習をしている。素人目に見ても、愛ちゃんの投げ方はぎこちない。涼さんは飛んできたボールをキャッチするのに忙しそうだ。

 左手にケータイを握ったまま、二人のジャージ姿の観察を続行する。涼さんは、普段の物腰とは裏腹に、のびのびと、しなやかに躍動している。ボールを握るのは手だけれど、投げるときはあんな風にして全身を使うんだ。愛ちゃんもアレを真似しようとしている?
 ケータイが手の中で硬直していたのに気づいた頃、愛ちゃんがこちらへ歩み寄ってきた。疲れちゃったから、交代です、と、パスされたグローブを受け取る。予定が無くついてきただけで見ているだけのつもりだったわたしを、絵理ちゃんもやろうよ、と涼さんが呼んだ。

 まだ体温の残るグローブをはめて、さっきの涼さんの姿を脳裏に描く。あんな風に、体を使って、前に、まずは腰から。えいっと自分なりに入れてみた気合は、向こうに届く前に墜落した。コロコロ転がって涼さんのグローブに収まる姿がなんとも情けない。
「……ごめんね」
 今のは、なんだか違う。
「絵理ちゃん、ここに投げてごらん」
 胸元にグローブを構えるその姿を視線を外さないまま、投げてみる。
 弓なりの軌道を描いて、涼さんのお腹の辺りにボールが届いた。
「いいね、今の上手だった」
 わたしの投げた球が、ふわりと戻ってくる。

 なげる。
 とどく。
 ふわり。

 そのローテーションが思っていた以上に楽しい。ポケットにあるケータイの存在を忘れるぐらい。

 それから、三人でぐるぐる交代した。愛ちゃんとキャッチボールをするのは大変だったけど、日が傾き始める頃には、胸元にボールが飛んでくるようになってきた。
 ミカンが、土手の向こうの街へ沈んでいく。昼間はきつい顔をする太陽も、この時ばかりは優しい。
 穏やかで温かい光、ゆるゆるした川原の風、心地よい疲労、二人を見物するわたしがゆっくりとろけていく──

──虫の鳴き声が聞こえる。鼻で息をすると金木犀の甘い香りがする。地に足のついている感覚が無い。でも全身がほっこり温かくて、定期的な振動が不思議なぐらい心地よい。
「絵理ちゃん、軽いなぁ。ご飯ちゃんと食べてるのかな?」
「……一応」
「あ、起きたんですね、絵理さん」
「寝てた?」
 目を開くと、夕陽を浴びながら目元を擦る愛ちゃんの姿があった。
「絵理ちゃん、疲れてたんだね」
 涼さんが喋ると胸元が震える。どうやら、背中なう?
「事務所まで運ぶから、そのままでいいよ」
「……うん」
 優しい声。心地よさを味わっていたい気分が、まどろみに上書きされていく。
 隣を歩く眠そうな愛ちゃんに心の中で謝りながら、わたしは目を閉じた。

終わり


 わたしも青春の一ページに河川敷キャッチボールを刻んでみたかった、、しんみり

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 絵理のこれまでを考えると、何気ない青春の1ページがとてもとても大事なモノに思えてきます。

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 やっぱり、絵理に必要なのは『キャッチボール』だなって

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 涼は涼で背中に絵理の結構豊かな胸が当たって「おっぱいなう」っていう感じに青春なうしてるんだろうなぁ、羨ましいなぁ、と思いました。「絵理ちゃん、軽いなぁ」とかきっと誤魔化すために言ってるに違いない。

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 DDDの野球している風景を思い出しました。誰もいない背景、一種閉鎖的な世界観の中で創りだされる無言の心理模様は、野球という媒体で上手く青春を作っていたと思います。

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 脳裏にぱっと光景が展開される描写……お見事です。ゆったりとした時間の流れが大変魅力的でした

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 なんだかほんのりセピア色で好きです

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 絵理ちゃんの目には、世界が少しだけつぶさに、優しく映っているのでしょう。至極健全な青春で、さわやかさを堪能させていただきました。

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 タイトルは背中なう? がよかっt      描写も心情も丁寧でよかったです。

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 切っ掛けなんていつも些細で、どうでも良い所に転がっていたりする。それはとても小さくて、毛躓くまで気付かないほどの、ほんの小さな一瞬。ボールを投げて、それを受けて、投げ返す。たったそれだけのことだけど、それは一人じゃできないんだ。電脳空間の中をさまよっても、グローブに受けるボールの感触を味わうことはできない。誰かと、キャッチボールをする。ただそれだけのことが、閉じていた心のフタを開くことだってある。独りじゃない。みんながいる。愛ちゃんがいて、涼ちんがいて、みんながいて、その中に君は居るんだ。幸せなう?

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 三人のふわふわした関係がフランスの短編映画みたいな鮮やかさで目に浮かんできて、とても心地良い読後感でした。ただ文章の端々に、文字数を減らす為に四苦八苦した後が見え隠れしていて、気の抜けた炭酸みたいに興をそがれてしまった感じです。気の抜けた炭酸の方が好きって人もいるとは思いますが(バキとか)、けれども1200文字で書き直しというよりは、本来どれだけの物を書こうとしていたのか。そちらの方が気になって仕方がない、そんな力を持っていました。完全版が読みたいなぁ。・・・これはにわさんですかね?

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 涼ちんマジパワフル。誰かを背負って歩くのは想像以上に大変だと思います。いやでもアイドルは一般人より軽いのか。

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 仲良しDS組がいい雰囲気でした。ほっこり。

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 描写がいいなあ……

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 ネット大好きっ子だった絵理ちゃんが、友人と外でキャッチボールしてる流れはちょっとぐっとくるものがありました。遊び疲れて眠ってしまうとか子供みたいだけど、よく考えたらそういう経験自体、絵理にはあまりなかったのかもしれないですね。眠った絵理、眠そうな愛、おんぶした涼、と三者三様で微笑ましくなりました。

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 河川敷でキャッチボール、差してくる夕日。なんてベタな!と言われかねない所で、呟いている絵理がとても現代さを醸しだしてくれていて面白さを覚えました。パワーはあるけど不器用な愛ちゃん、なんだかんだと体を動かすのは上手な男の子の涼ちん、横で観ている絵理、というのはとてもDS三人組らしいなぁと感じます。投げて届いて、投げて。そんなやりとりに楽しさを感じるのは、絵理が怖がりだけどコミュニケーションを欲しているからでしょうか。つぶやきサイトに手を出しているのも、そういうものの顕れかなと思ったり。

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 なんだかとってもほのぼのしてほっこりさせられる作品ですね。DS組は年齢が同じでも765組より年下に思われることが多いような気がしますが、そのへんの子供っぽさがよく出ていたと思います。ちなみに蛇足ながら、絵理を背負い続けた涼の心境、そして感触がいかなるものであったのかということを同業者として是非知りたいところです(迫真)。



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