【ひとりのうた】



 春香を泣かせた。
 場所は中野駅から少し歩いた所にある――普段使っている渋谷のレッスンスタジオではなく――少人数のボーカルレッスンスタジオで。私も春香も、ほんの一月前に事務所に入ったばかり。だから正直なところ「春香」という女の子について、私は「明るい」とか「歌が下手」とか「よく転ぶ」とか、そんな上辺を撫でた言葉でしか説明できない。今までは何人かの候補生と一緒に渋谷のスタジオで共同でレッスンをしていて、今日が初めての少人数レッスンだった。春香と二人だ、とプロデューサーは言って、その後に「春香と千早には、デュオとしてデビューしてもらおうと思ってるんだ」とそんなことを言った。何を、言っているんだろう? と思ってしまった。思わず春香と顔を見合わせると、「よ、よろしくね、千早ちゃん!」と春香は普段通りに元気だった。
 私は、ソロで、デビューする。
 ひとりで。
 そうやって歌うしかないと、思っていたのだ。
 レッスンの場所へ春香と一緒に着くと、そこには見覚えのある人が待っていた。私もCDを数枚持っている、確かな実力のある現役の女性シンガーソングライター。春香も名前は知っていたようだった。先生はすぐに私たちを歌わせた。まず春香が、次に私が、そして二人一緒にも歌った。
「うん」歌い終わった私たちと向き合って、聞きたいのだけど、と先生は言った。「二人にとって、歌は、歌うことは、どういうもの?」
「歌は」すぐに、私は答えた。「私にとって、全てです」
 そう、と先生は頷いて、それなら天海さんの歌に何か言いたいことはある? と促された。試すような声音だった。私は――ひとつも嘘の言葉はなく、全て本当に思っていたことだけれど――随分と酷な言葉を重ねた。合同レッスンの頃から思っていたことも含めて、彼女の歌の欠点という欠点をあげつらえた。
 春香は、泣いた。
「ごめんね」と誰に謝るでもなく……いや、違う。私に向けて、春香は謝っていた。「私、でも、歌、好きだから」
 だから歌うね、と春香は言葉を紡いだ。大粒の涙が春香の頬を伝っていた。細い人差し指で春香は必死に涙を拭っていたけれど、そんなことでは枯れそうもない。その姿に、撃ち抜かれた心地がした。好きという言葉が、春香の涙声が、波のように繰り返し脳裏をよぎった。
 先生は春香をお手洗いに立たせてから、私の隣に並んだ。「あなたの言ったことは全て的を射ているけれど」そう言って、コツリと私の後ろ頭を小突いた。
「如月さんは、歌は、好き?」
 私にとって歌は、全て。
 すべて。
 そこに、寄りすがっているわけでも、逃げてきたわけでもない。
 そのはずで。
 でも春香は言った。歌が好きだから、歌ってる。そう言っていた。心から。
 じゃあ、
 私は?
「歌に心があるのなら、歌はきっと、天海さんを好きになると思わない?」
 前の質問にも、その問いかけにも、私は答えることができない。
 ただ、帰ってきた春香にかける言葉だけを、さがしていた。




 これuleaさんな気がします

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 もう少し先を、もう少し前を見てみたい、見ていたいと思いました。

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 ものすごい切れ味でした。ばっさりやられた気分。

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 いろんな意味に取れるタイトルが内容を多層的に拡げているように思います。ひとつの物語を何人分ものお話に昇華しているようで、文面以上の内容を表現してもらった気がして、なんだかお得な気分です。

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 はるちははもっと互いに表情をぐちゃぐちゃにするべき

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 はるちはは正義。歌というテーマを挟んで並ぶ二人はやっぱり王道だと思います。

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 いつか、千早が歌に愛される日が、来ますように

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 なんか涙出てきた。

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 これはむしろ無印の世界線であるように思いましたが、そのような枝葉はさておき、千早と春香と歌、という大テーマに1200字で挑戦した姿勢には感服します。ですが、どうしても続きを読みたいという気持ちを抑えることができませんでした

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 アイマス2準拠でありながらデュオデビューという設定の齟齬に引っかかってしまいました。何か特別な意図があったのでしたらすみません。

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 春香と千早を対比するにあたってお手本のような作品だなあと思いました。

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 uleaさんかなぁ。違っていたらごめんなさい。文章はとても流麗で、リズムもあって読むのが楽しかったです。

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 千早も春香も歌にすごく一生懸命で、だからこそこの二人の間には壁のようなものがあって、通じ合うものがある。こういうお話はすごく大好きです。千早は、歌が好きか。歌は、春香が好きか。それに答えられないことそのものがある種、千早の回答を意味していて(それは決して解答ではないのだけれど)、色々なことを考えさせられました。ソロで歌う「しかない」のだといい、歌は全てだといい、そして最後に春香への言葉を探す千早は、少し変化しているように見えて何も変わっていないのかな、などと思います。これは千早にとって春香が歌になった瞬間のお話なのではないかと、そんな妄言を吐いてみたり。酷だと思っていて止められない千早も、泣き出してしまう春香も、命がけなほど真剣なのだという感じがして、やっぱりそれはとてもとても青春らしい一幕だと想いました。

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 先生が良いキャラしてる。はるちはより気になる感じ。これが……存在感か……

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 千早は空気読まずに言っちゃいそうだからなぁ…w

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 無印千早初期を彷彿とさせるドライ感。この千早は961プロにスカウトされたら行ってしまうんじゃなかろうか。ともあれ面白かったです

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 タイトルがじわじわ来ました

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 はるちはもさることながら、最後に全部もっていった先生の台詞にやられました。先生のドヤ顔が見える

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 台詞のひとつひとつが重い。そして深い。春香視点でも見てみたい話



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