【ガラスの二十代】
十代の脆さや輝きを例えて“ガラスの十代”なんて歌を唄ったアイドルグループがいたっけ。
投げ飛ばされたディスクが、ビルの窓から差し込む日差しを乱反射して床に転がった。
CDはそう簡単に割れない。あれはガラスではなくプラスチックだから。
でも、彼女たちはどうだろう。どうだっただろう。
遠雷のように鳴り響いたあの音は、本当に彼女たち自身が奏でる音だったのかどうか――
「プロデューサーさんって何座ですか?」
「さそり座ですけど」
「ふんふん、さそり座の運勢は……モテ期到来!? 気になる彼といい雰囲気になれるかも!? だそうです。気になる彼って誰のことですか!」
「俺が知りたいですよ」
「けしからん占いですねぇ」
「けしからんのは音無さんの脳内なんじゃ」
「ですよねー」
そういえばユニットの子たちにも星座を聞かれたことがあった。
さそり座だと答えると、満員電車に揉まれてくたくたになったラクダみたいなのに意外、と言われた。
いや、ラクダ座なんてないし。
「で、本題に入るんですけど」
占いコーナーの乙女座の箇所を穴が開くほど見つめていた音無さんが、真顔でこちらに向き直った。
「大栄テレビさんからオファーが来ているんですけど」
「お断りします」
「プロデューサーさん!」
「初めて売り込みに行った時、あそこのディレクターがどんな態度であの子たちに接したか、音無さんだって知っているでしょう」
「新人時代はよくあることなんです。そういう業界なんです」
「いやです。絶対嫌です。巳年生まれさそり座の、美川憲一もびっくりの俺の執念深さを思い知るがいい」
俺はその時どんな顔をしていただろう。
少なくとも満員電車で揉まれてくたくたになったラクダの顔ではないだろう。
蛇の執念と、
蠍の毒を持って。
プロデューサーさん、と音無さんが静かに語りかける。
「女の子たちは了承しているんです」
「俺に内緒で話したんですか!」
「あの子たちはそんなに脆くありません。いいえ、むしろ私たちなんかよりずっと分厚い信念を持っています。でなきゃ、アイドルなんて続けていられませんから」
「だからといって――」
「あの子たちがガラスの十代なら、私たちなんて飴ガラスの二十代になっちゃいますよ」
「……飴ガラス、ですか」
「ええ、せいぜい叩けば割れる飴ガラスがいいところです」
ふっと、自虐的な笑みが広がる。
所詮は飴ガラスだから、と。
あの時ひび割れたのは、あの子たちじゃなくて俺とあなたの方だと言いたいのか。
「……さそり座のラッキーアイテムはカーキのホットパンツだそうです。参考にしてくださいね、プロデューサーさん」
「女性誌の占いを俺に当てはめるのはやめてください。履いていきませんからね」
ラクダの皮を被り直した俺に、音無さんが同腹の視線を向ける。
所詮は飴ガラスだから。
本物の強さと輝きの前には、降伏するしかないのだから、と。
<END>
タッチが軽くてすごく読みやすかったです。例え方もわかりやすいですし、イメージにすぐできましたね。
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この小鳥さんはけしからん脳みそをしているけど事務所の誰よりも頭がよさそう
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小鳥さんがいつ「ガラスの十代」というフレーズを感知したのか……はっ、もしや妄想のしすぎでエスパーに!? と思ったのですが、単に世代的に共通して浮かぶ決まり文句、とでもいうところですかね。疑ってごめん小鳥さん、お詫びに太ももスリスリさせてください!
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そこでつい熱くなってしまうPもまた青春……と思ったり、達観しているぴよっさんはもう青春という歳も終わったのかな……などと思ったおや? こんな時間にだれだろう
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これもまた青春をあきらめてしまった人々のお話ですね。「飴ガラスの青春」、「ラクダの青春」も見てみたかったような気もします。
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大人と子どもの強さの違い。そのような話かなと思いました。大人は狡猾で毒を持つ。けれどそれは傷と共に得てきたもので、実は本当に大事なところは大人のほうが脆くなっているのかもしれない。子どもの、青春を生きる人の本当の輝きは、少々のことなど物ともしないのだと。でもラクダの皮を被った毒蛇は、大人の強さが必要な所では決して躊躇しないのだろうなということも、小鳥さんも或いは必要なら猛禽になったりするのかもしれないな等とも思い。子どもと一緒に歩む大人らしさが出ている作品だなと感じました。
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言いまわしが上手い。タイトルから本文にかけて文章がするっと入ってきて読みやすかったです。
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ぐっと来た。こういうの好きだなあ
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小鳥さんとプロデューサーの、漫才風のやり取りの中に含まれる真面目さが良い。シャープな切れ味を感じます
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1987年リリースのアイドルソングを熟知しているピヨちゃんの年齢や如何に
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喩えが秀逸で頭に残りました。
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