【泥まみれの青春】
「こんなんでいいのかなぁ〜って、思っちゃうんだよね」
そんなことを口にする真の全身は、泥まみれだった。隣で話を聞いている春香は、全身が白い粉まみれだった。
春香と真は、朝からバラエティ番組の収録をしていた。彼女たちが泥や粉まみれになっているのは、その収録の最中に罰ゲームを執行されたからなのである。
二人はそろってスタジオ近くに設備されているシャワールームに入る。 二人の他には利用者はいなかった。二人は隣同士のスペースを選んだ。個室同士の仕切りの壁は肩ほどまでしかなく、スペースに入っても互いの顔が見ることができた。二人は同時にシャワーのお湯を身体に当て始める。
「ボク、アイドルってもっとキラキラしているものだと思ってたよ」
その言葉を聞いて、春香は苦笑する。
確かに、泥や粉を全身にかぶったりすることは、キラキラしているとは言えそうにない。まだまだ売れていない身である以上、仕事が選べないので仕方ないのかもしれないが。いつかもっと売れた時には、アイドルらしい仕事ができるようになるのだろうか。
真は泥を洗い落としながら言った。
「普通に学校行って、部活して、友達と駄弁って、バイトして。そんな普通の日常を犠牲にしてこの仕事をしているんだよ、ボクたちは」
「うん、そうだね」
「そういう、普通だけど掛け替えのないようなものを犠牲にしてまでやるべきことなのか、ってね。ちょっと思うのさ」
キュッ。真がシャワーを止める。マニッシュショートの髪先から、雫が滴り落ちた。
真が春香の方を見ると、彼女も今まさにシャワーを終えたところだった。
「いいんじゃないかな?」
「え?」
胸の高さまでしかない仕切りの向こうに、髪がピッタリと頬やおでこに張り付いた春香の笑顔が見えた。
「これも青春ですよ、青春」
と、春香はちょっとふざけた調子で言う。
「だって考えてもみてよ。普通の女の子は、泥のプールにダイブとか全身粉まみれとか、そんな経験をしないで一生を終えちゃうんだよ? 普通の人達がやらないようなことを、私たちはいっぱいやらせてもらえてる。私はすっごく楽しいよ!」
確かにそうだ、と真は思う。確かに、アイドルとしての活動をしていなければ経験することのできなかったことは多いのだ。それにアイドルになっていなければ、765プロの仲間たちとも出会えなかった。こうして泥まみれになるのは嫌だけど、今日のバラエティ番組の収録だって、実はかなり楽しかったんだ。
もしも自分がアイドルをやらずに普通の女子高生として生きていたら、今のアイドルとしての自分も充実した青春を送れるだろうか? 送れない、とは言わない。けれど、想像の中での輝かしい高校生活像と比べてみても、現在の真の日々は決して見劣りするものではない。
「うん。そうだね」
真は言った。笑顔で言った。
「これも青春だ」
キラキラ輝くステージに立てる日まで、もう少し泥まみれの青春を楽しもう。
(おわり)
青春というものが俗にいう青臭さというもので大半を占められている印象を受けますが、少女たちのイメージにとらわれない考え方や現実との接し方が凄く魅力的でしたね
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まさしく最後のセリフが全てを物語ってますね。『これが青春だ!』
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現状について迷うのも青春の悩みの一つですが、それをパーフェクトサン組の笑顔が吹き飛ばしてしまう作品でした。泥まみれの青春もまた良いものです。
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どんな境遇でもプラスに考えて輝くのが、春香さんの魅力なのかもしれませんね。泥臭くも美しい青春です
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地の文で春香や真の行動を描写する際の文末は過去形に統一した方が、語りに登場人物の内心が露出する落ちがより一層引き立つし、何より読者の目も落ち着いて文章を追えるかな、などと思いました。いわば低ランクのアイドル活動も楽しみのうちに引き受けてしまうというのは、春香と真という組み合わせらしくあり、僕もこういうの好きです。
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真っ直ぐド直球の泥だらけの青春。それを全力でやれるのが春香と真のいいところだなぁと感じます。普通のことをやらないこと、というのは彼女らの青春に必ず関わってくるところで、それでも「失っているかもしれないもの」に迷わず「今を楽しむこと」に全力投球している彼女らの青春は泥だらけでも輝いている。希望に満ち溢れた作品だと感じました。
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さわやかはるまこ。泥まみれでもこの二人はいつかピカピカになれるはず。
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人に見えない努力なんて白鳥並以上、という「私はアイドル」の歌詞を思い出しました。理想と現実のギャップが激しい中で、池の白鳥よろしくジタバタ足かきすることもまた青春なのかな、と思いました。努力と熱血型というか、春香と真にはまっすぐな青春が似合いますね
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伊織や千早がいたら白い目でみられそうなポジティブ春香さん。そんな春香さんに同意するポジティブまこちん。似たものコンビですね。素直に応援したくなりました
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これは良いはるまこ。やよいを加えたくなります。青春、の繰り返しが少しだけくどかったかな…。
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