【サヨナラ☆サンセット】



「真ちゃんらしくないね」

 テレビ収録の帰り道、バス停のベンチでバスを待ちながら、ボクの隣に腰掛けていた雪歩は笑った。
 そうかな。ボクは言葉を濁らせる。背もたれのないベンチはどこか落ち着かなくて、背筋がすうっと寒くなる。

 昨日のことだ。帰りに伊織と出くわして、仕事の話をして、ボクは何の気なしに伊織に尋ねた。
 『伊織はさ、アイドル辞めたら何になるの?』 伊織は泣いていた。ただじっと、口をつぐんで泣いていた。
 ボクはひどく狼狽して、どうすればいいか分からなくて、悪態をついて逃げて、こうして雪歩に相談しているわけだ。

 膝の上に置いた学生鞄が妙に重たい。鞄の中から進路報告書を取り出し、真っ白な進路欄を見せて苦笑した。

「まだ書いてなかったんだ」
「雪歩みたいにしっかり将来のこと、考えてなかったからね」

 雪歩は高校を卒業したら、アイドルを辞めて大学に行くらしい。
 先週、プロデューサーから聞いた。三日前、雪歩から直接聞いた。

「夏休みが終わっちゃうよ、雪歩」

 高校三年生のボクにとって、それは死刑宣告みたいなものだった。空笑いを浮かべ、ボクは雪歩に泣きつく。
 そうだね。雪歩は頷く。真っ赤な色をしてるくせに、夕陽は何の警鐘も鳴らさぬまま、静かに地平線に消える。
 プリントのインキがうすら影に溶け出して、進路欄の空白をぼんやり染めていった。

「アイドルなんて、乗り継ぎのバスみたいなものだって思ってた」雪歩は微かに眉を顰める「でも違ったんだ」

 伊織も同じ乗客だって思ってたんだ。しっかり自分の道を決めた雪歩を見て、焦ってたんだろうね。
 えっ、本気でアイドルになろうって考えてるの?って。まさかそんな馬鹿なことしないよね?って。
 そう思ってたんだ。だけど、違ったんだ。あんな伊織の顔、本気で悔しそうな泣き顔、初めて見た。

「伊織が羨ましいよ」

 こんな後ろ向きなこと言うの、ボクらしくないかな?
 ばつの悪さに頭を掻くと、雪歩は大仰に首を振って「そんなことないよ」と全力でボクの言葉を否定した。
 気付けばバスが到着していた。開いた扉からスーツ姿の人達が無表情に行列を作り、ぞろぞろバスから降りてゆく。

「これからどうするの?」 ベンチから立ち上がったボクに、雪歩は尋ねる。
「とりあえず、伊織に謝ってくる」 そう応えると、雪歩は嬉しそうに笑った。

「真ちゃんのそういうところ、私は好きだよ」
「ボクも、雪歩のそういうところ、大好きだ」

 バスの扉が閉まる。エンジン音と共に離れていく雪歩に手を振って、伊織のいる事務所に向かった。



<了>


 アイマス2になって三年生になったから出来る進路というテーマに対し、暗示的な舞台や小道具の絡ませ方が絶妙でした。黄昏時のくっきりした陰影が登場人物にもマッチしていたように思います。

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 面白かったです。いい色の夕日が見えた気がしました。

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 明日への漠とした不安……それもまた青春ですね。青春時代が夢なんて 後からほのぼの思うもの

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 凄い。これは自分の中でドストライク。伊織を選んだ理由を少し知りたいかもしれない

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 強いようで芯の所で迷いがちな真、クレバーなようでウェットな伊織、そして弱いようで芯のしっかりしている雪歩という対照が印象的でした。真は意外と周りを見回すような、そして雪歩は気がついたらすっと自分の足で進んでいるようなイメージがあり、進路の決め方がとても「らしいなぁ」と感じます。またそうしてそれぞれの違いが表された上で、最後に、はっきりとした言葉にしない、通じ合っているという前提の会話が挟まれるのが青春らしくていいなぁと思いました。

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 アイドルという泡沫の夢。その夢は、いつか醒める時が来てしまうのか。それとも。3人の中でやはり雪歩の強さが際立つ作品になっています。

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 どの時期の伊織を想定してるのかが気にかかりました。アイマス2における伊織はプロデュースの過程で成長する担当アイドルよりもずっと(扱うにあたって)デリケートなキャラクターだと思っているのですが、伊織の強さというかしぶとさが切れる瞬間、というなら竜宮デビュー直前か羅刹敗退直後……後者ならあまりに空気読めなさすぎるので、スタート時期が(どうかすると本編よりも)やや遅いと想定しての作品、と解釈しました。

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 このゆきまこは実にいいものだ。

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 そこかしこに印象深いモチーフがあったのですけど、とりわけ夕陽が印象に残った作品でした。真と雪歩の、互いの懐を解ってて会話のキャッチボールを交わしている感じが好きです。

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 ゆきまこの微妙な距離感の描き方に好感を持ちました。真視点のお話ですけど、もし雪歩視点だったら、どんな風になっていたのかな…と考えてみるのも興味深いですね。

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 夏休みが終わっちゃうよ、という台詞が響きました。真は元気なキャラが多めだったので新鮮な感じ。芯の強い雪歩も良いものです。



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