【再演料と冬の唄】



 電車を降り、改札を通過すると、きんとした空気が冬馬の頬を撫でていった。夕焼け色に染まった駐輪場から、自転車を引っ張り出して鞄を乗せる。補習が長引いたせいで、時刻は既に16時半を回っていた。一旦家に帰るか悩んだ末に、バイト先へとハンドルを切る。冬馬を乗せた黒い自転車が、舗装路を駆けていく。

 ジュピターが解散し、冬馬は普通の高校生に戻った。進退は宙に浮き、日常がその下を流れた。だが暇を持て余そうものなら、芸能記者やスカウトや、あの連中が、嫌でも声を掛けてくる。

 勧められたのは、そんな時だ。

『いい暇つぶしになるんじゃないか。冬馬、二輪欲しがってたろう』
『冬馬くん、本音が顔に出やすいのが心配だけどね』

 北斗や翔太に散々言われたが、冬馬は承諾した。自転車で裏通りを20分。コンビニにしては古い、近所の住人しか来ないような店だ。「ここは、時間が止まったように穏やかなの」と告げた経営者は、昼間、猫と店番をしている。冬馬はそこで、閉店時刻の21時まで番をする。品物を補充し、宿題を片付け、ラジオに耳を傾ける。ジュピターが去った後も、件の連中はチャートを賑わせていた。次にハリウッドに行くのは、眼鏡のあいつかもしれない。スチームケースを閉めて、冬馬はそんなことを思う。

 チリリンと扉の鈴が鳴り、冬馬は我に返った。ワークエプロンの紐を締め直し、いらっしゃいませと声をかけ、
「あーっ! あまとう、やっぱりバイトしてたよ、亜美!」
「んっふっふ〜♪ これはスキャンダルですな、真美!」
 盛大に噎せた。変装を解いた双子が、満足そうな顔をしている。三人の間のスチームケースが、静かに湯気を立てている。

「兄ちゃんが、あまとうのこと気にしてたんだよ」

 最後に会ったのは春だ。桜の季節に彼は渡米し、冬馬はエンストした車を押してやった。あれから季節は三つ変わっていたが、冬馬はまだ、それを上手く実感できずにいる。

「俺がどこで何してようが、関係ねぇだろ」
「ありまくりだよ! 真美のユニットを抜いても、あまとう居なきゃ意味ないっしょ!」
「肝心のあまとうが休んでちゃ、竜宮小町も勝った気がしないよねー」

 双子は期待を含んだ目で冬馬を見上げている。誰がバイト先をチクッたかなんて、聞かずとも明らかだった。765プロに限らず、冬馬の周りは、お節介だらけなのだ。

「悪ぃけど。俺、バイト中だから」

 帰るなら何か買っていけよと言われ、双子は肉まんを選んだ。レジを叩く冬馬が、ふと顔をあげる。

「100円多いぞ」
「それでいいんだよ」
「亜美たちの気持ちだかんね」

 扉の前で足を止め、真美が振り返る。

「コンティニューのお約束だよ」

 騒々しい客が去って、後には冬馬一人が残された。1クレジットを握ったまま足を進める。外はもう真っ暗で、双子の姿は見えなかった。

「2クレ足りねえよ、馬鹿」

 呟いて冬馬は深く息を吸う。きんとした空気に肺が軋み、視界が滲んだ。
 その身に覚えのある、確かな冬の匂いがした。




 成長した冬馬が素敵でした。

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 惜しむらくは涙をにじませてしまったことでしょうか。

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 冬の日の情景が目に浮かぶようです。亜美真美がいいスパイスになって、冬馬の物語を引き立てていると感じました。これもまた紛う事なき青春の一ページですね。

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 なんかニヤニヤする。

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 青春の話として、そしてアイドルマスター2の二次創作としてすごく雰囲気のいい作品だなぁと感じました。冬馬はエンドロールの後の話が凄く似合う気がします。コンティニューの約束と100円多く渡した亜美真美も、2クレ足りねぇよと去った後で返す冬馬も非常にかっこよく魅力的でした。アイマスがゲームである以上ある種のメタのようにも思わせつつ、でも凄くやりとりとして自然……そんなバランスが余計に三人がウィットに富んでいるように感じさせるのでしょうか。あって欲しい後日談というものをぱっと目の前に置かれたような感覚が凄いなと思いました。更に、読み返していくうちに技量にも感服させられます。最初は「あの連中」とは何のことだろう、となって、「件の連中」「眼鏡のあいつ」でなるほどとなり、そして出てくる亜美真美、というのがすごく自然な誘導になっていて驚きました。また、はじめは「普通」の穏やかな情景が思い浮かんで、然る後に亜美真美が出てきて、穏やかな背景を読者に抱えさせたまま、それを切り捨てないように亜美真美らしい話の動きが生まれているように思います。それがいい雰囲気を作っているようにも。長々と申しましたが、全体として、とてもとても素晴らしい作品だと感じました。

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 季節のせいか、今回の企画は秋から冬にかけてのお話が多かったような気がしますね。クレジットという表現を使っているあたり、アケマス経験者の方でしょうか。

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 ゲームセンターで産声を上げたアイドルマスターというゲームの最新キャラクターである鬼が島羅刹が

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 ゲームセンターで産声を上げたアイドルマスターというゲームの最新キャラクターである冬馬が、ゲーセン文化の所作を継承するという演出の妙にしてやられました。ラストに相応しい一本。お見事です。

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 「クレジット」の意味が複数取れるので、断定する自信がないけど、ワンダリングスターの亜美真美ルートで真美が貴音に100円渡したエンドを思い出しました。あちらもアケマスを彷彿とさせるエンディングでしたね。もう一度会う約束を交わすのに使われたアイテム(だと思う)が出てきて、アイマス2の話とSPの話が被って見えたことで、亜美真美の不動性を感じられたという点で、このお話は僕にとって冬馬より亜美真美の方が深く印象に残ったキャラクターでした。

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 ラストが冬馬とは思わなかった。いい話でした。

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 チクッた北斗翔太のお節介ぶりと、クレジット不足を指摘した冬馬に、トリオで再起するだろう未来が見えました。あと侵入者の亜美真美かわいい。サラッとランキング上位にいる竜宮小町に時の流れを感じました。

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 すごく庶民的な、と言ったらおかしいかもしれないけど、普通の学生らしい日常を送る冬馬に、親近感を覚えました。アイドルやって過剰にちやほやされるんじゃなく、アルバイトの形で普通の生活をしてる姿が新鮮でした。素直にいい奴だと感じられる話でした。

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 アイマス2の後日談として、あまとうにスポットライトが当たったのが嬉しかった。最後の最後でやられた!感はあったものの、締めに相応しい感じがしました。アイドルをやっていた時も青春で、これから先のリベンジも青春なのだろうか。などと考えてしまいました。

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 読めて良かった

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 亜美と真美と冬馬の関係が絶妙。一年前とパワーバランスが変わったことで、P渡米後の、時間の流れを強く感じました。翌年の竜宮小町がハイパー化しているあたりに思わずニヤリ。

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 企画のラストを飾るのはどんなものなのか、という期待があったのですが、どっしりと構えた女房役、文句なしの完璧な出来です。青春の締めを受け持つのが冬。美しい。ラストのクレジットの下りが、書きたい事を先行しすぎて若干浮いてしまっているのですが、それも完璧に出来ているが故に、という感じです。いつ公開されるのかとヤキモキされていたでしょうがwお疲れ様でした。そしてご馳走様でした!

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 2クレ足りねえよ の余韻にやられました。いつか再び、三人でステージに戻ってくることを、思わず願ってしまう程に。



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