【授業前風景】



 時計の針が八時を少しまわり、南に向けた窓から朝日が穏やかに教室へと射し込んでいる。そんな陽射しに照らされた、窓から二列目の最前席に腰を下ろしている委員長はプリントの束をめくっていた。
「委員長」プリントに目を通しながら、誰にも聞こえないようにそっとつぶやく。「全くもって面倒な看板だ」
 教室の中では生徒がホームルーム前の時間を思い思いに楽しんでいる。寝ている生徒。「この学校に芸能人がいるんだってー」と噂話に花を咲かせる生徒。弁当を食べている生徒。「単色編隊成立!」とゲームに興じる生徒。そんな生徒たちの姿を視界の端に捉え、委員長は動かしていた手を止め溜息を吐いた。

 クリップで止めたプリントを左手に持つと、委員長は自分の席を発った。足先は同列の最後席を向いていて、そこでは二つの桜色のリボンを髪に結んだ一人の女生徒がイヤホンをつけて音楽を聴いている。
 委員長はその席の左前で立ち止まると、右手の拳で机を軽く三度叩いた。「天海、ちょっと話があるんだけど」
「ん、なぁに?」天海と呼ばれた少女は耳からイヤホンを外して応えた。
「先週末も休んだだろ? これ、その時に出た課題プリント」委員長はプリントの束を机の上へと投げやりに置いて続ける。「一応提出期限が早い順に並べてあるから」
「ありがとう委員長!」少女は机の上のプリントを手元に寄せ、委員長に笑顔を向けた。
「それと、数学の先生が昼休みに数学準備室へ来てほしいって。えっと、分かるかな? 一棟三階の突き当たりにある部屋なんだけど」
「大丈夫。昼休みに一棟三階だね」
「そう言えば、現国の課題はもう出した?」
「えっと、まだだけど」
「だったら急いだ方が良いよ。あの先生、昼の授業が終わったら出張だから」
「そっか、気をつけるね。……それにしても、委員長はすごいなー」
「すごい? 何が?」委員長は目をパチクリとさせる。
「だって普段は使わない教室の場所や先生の出張予定なんて、普通は覚えてないよ。何か理由でもあるの? そういうのを覚えるのって」
「委員長、だからじゃない?」言うが早いか、委員長は踵を廻らせた。
「じゃあどうして委員長になったの?」少女が委員長の背中に声をかける。委員長は「そう言えばどうしてだろう?」という疑問を抱きながら無言で歩を進めた。

 自分の席に着いた委員長は、床に置いた鞄の中から取り出した英単語帳を開いた。しかしどれだけ読み進めても、英単語は一つも頭に入ってこない。代わりに浮かんでくるのは、少女から向けられた言葉と笑顔。その二つが頭の中を駆け回って支配する。
 モヤモヤした気持ちを感じながら、委員長は単語帳を読み続ける。その本を上下逆さまに持っていることには気付かないままで、ただひたすらにページをめくっている。

《By the time you wish to be a good student, your youth is long gone.》is the END.


 この委員長は僕の中では女の子です。かわいい。

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 春香さんの青春としてはどのような青春を送っているのか、ちょっとわかりづらいですね

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 話中の「委員長」の性別が明言されていないところが可愛らしく感じます。エンドマークがそのままスタートに続いている終わりは、ラストの収束を再び加速させているようで、いかにも青春っぽくて好きです。

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 ゲームの内容が気になってググったら「スリードラゴン・アンティ」とは、なんとも業の深い学校だなぁと思いつつ。「君が良き生徒であろうとしている間に、君の青春時代の多くが過ぎ去ったよ」というところでしょうか。真面目な生徒をするよりも多くの「やるべきこと」が学生時代にはある、というのは、大人が言えば一種の傲慢であるかもしれませんが、真面目な子どもにとっては焦燥感そのものかもしれません。「委員長」のそんな心情が窺えました。彼が天海春香の言葉に衝撃を受けたのは、「青春を謳歌する」その他のクラスメイトとは異なる道を行く、という意味で似ていながら、その実「なりたくてアイドルになっている」春香は自分とは真逆に見えてしまったからでしょうか。それでも、だからこそ春香はこの「委員長」の救いになるのではないかなと思ったりも。青い年頃の葛藤が如実に想起させられる作品でした。

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 あー、この委員長絶対サブヒロインですね。黒髪眼鏡ですね

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 SP枠であろうが、無印と変わらないシチュエーションを書いてよいという判断だとしたら、その立場には賛同するところです。

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 委員長が、春香が出ているTVをどんな顔で、どんな思いで見ているのか。気になるところです

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 少しずつきみは学校にこなくなって、わたしはすこしずつ、一人の時間が増えていく。そんな未来が見えてしまったような気がして、ちょっぴりせつない。

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 スリー・ドラゴン・アンティとはまた、通なゲームやってんなぁw それはさておき、良いですねこの委員長と言うキャラが。まるで隙がなくて完璧で、単なる休みがちのクラスメイトとして春香のことを見ていただけのはずなのに、いつの間にか春香の純粋な笑顔に、言葉に惹かれていく。逆さに持った英単語帳がおかしいと思わないほどにまで、きっちりと引かれきっている。完璧なはずだった委員長も、所詮は人の子だったと言うことなんだろうね、ふふん、それが青春だ高校生、ってな!

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 こちらも一般人とアイドルとの対比がよく表れた作品です。委員長、どのような人物なのでしょう。気になりますね。最後の英文がまた何とも言えない味わいがあります。

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 SP枠で、まさかの春香ソロ。無印枠でも充分通じそうな話なんですけど、わざわざSPに指定したあたり、何か作者は拘りでもあったのかな……?



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