【さよなら二重螺旋】



 頭上の目覚まし時計が喚くので、全力でヤツの頭を引っ叩いた。

 体を起こす。ずっしりとした重みが背中に貼り付く。朝に起きるのが辛いと思ったのは最近のことで、病気かと思うほど今は朝が辛い。

 でも私は起きなきゃいけないし、目覚まし時計より無遠慮にママは私を叩き起こすだろう。私は目覚めのキスを待つ白雪姫でもなく、王子様はいくら待ってもやって来ない。

 不出来な絡繰人形みたいに、ぼんやりと洗面台へと歩く。重い足を引きずり鏡と向かい合わせになる。鏡の向こうに映るのは、私の鏡像。私の鏡像は、真美でも有った。

 私と真美は、二人で一人だった。
 今は、違う。真美は私の鏡像でも代役でもない。

 歯を磨く。歯ブラシが歯を擦る音だけが鼓膜を揺さぶる。
 音は一つ、姿は二つ。でもそれは、全部私で。



「ねぇ、やっぱり真美は亜美と代わりばんこなの?」

 ある日、私がいおりんとあずさお姉ちゃんと、トリオでデビューすることが決まった時、真美がりっちゃんに訊いた。

「何言ってるの。亜美は亜美、真美は真美よ。真美が亜美を演じる必要もないわ」

 それに真美が、そっか、と一言呟いた日から、私は私、真美は真美になった。在るべき姿に戻ったと言う単純明解で残酷な事実が、私と真美の間に薄くて硬い壁を作った。



「真美ね、髪、伸ばそうかと思ってさ」

 真美が言った時、私は一言、そっか、と答えた。
 私と真美が線対称である必然性は、失われていたから。



 それから後に、真美のデビューも決まった。
 新しいプロデューサーの兄ちゃんが来て、あっという間に決まった。

 真美に、おめでとう、よかったね、と言ってあげた。
 真美は、ありがとう、がんばるよ、と言ってくれた。



 鏡の向こうに、真美を見ることはない。
 真美はすっかり髪が伸び、私は今でも短いちょんまげのままだった。

 私が私であることを強く思えば思うほど、何かが失われる気がした。
 デビューできたのはうれしい。真美だってライバルとして応援してくれる。
 でも、一心同体だと思っていた真美の姿が、鏡の向こうに見つからなくなった。



 その真実は、変わらない。
 私と真美は、同じでない。



 二人を繋ぐ水素結合の鎖がほどけて、手を取り合って描いていた二重螺旋は一本ずつの曲線になってしまった。背の高さは一緒でも真美は少しずつ大人になり、私はまだ子供っぽいままで。

 りっちゃんは二重螺旋がほどけたことを知っていた。知っていて私を選んだ。真美も知っていて頷いたことを、私一人だけが知らないふりをしていた。

 温かい何かが、私を慰めるように頬を撫でて、顎先からこぼれて洗面台に溶ける。
 ずっと私は、わからないふりをして、現実から目を背けていた。

 歯ブラシを食い縛って顔を上げると、鏡の向こうの私が、充血した眼で私を睨み付けていた。逃げて逃げて逃げ続けて、何もかも失われてしまう前に、私は私のペースで、大人にならなきゃいけないんだ。



 ――――私は、双海亜美だ!

 自信を持って、世界へ叫ぶために。





《了》


 炭素結合だったら面白さが際立ったかもしれませんね

----

 亜美は先を歩いているイメージがあったので、なんというか盲点だった。素敵な話でございました。

----

 いつまでも、二人は一人じゃない。その事実と向き合った亜美の、さらなる飛躍を期待したいです

----

 いつまでだって同じでいたいし同じだと信じたい、というのが小学〜中学校辺り、という発達段階の話を思い出しました。そこから抜け出そうとした真美はもちろん、同じではないことを認めて前に進もうとする亜美も立派なオトナのレディなのかもしれない。そう思わされます。律子の台詞からは、周りが大人で亜美も真美も少し大人、というバランスが見えたような気が。引っ張られて焦ってしまうかもしれないけれど、「私は私のペースで」を忘れなければ、きっといい女になるだろうなという、亜美の魅力の詰まった作品と感じました。

----

 青春とは大人になる過程の一つですが、大人になるということは変わるということでもあります。そして、変わる前が心地よいものであればあるほど、変化には苦しみを伴うことになります。けれど、亜美もその苦しさを乗り越えて、大人への階段を上り始めたのでしょう。

----

 中学一年生の亜美が二重結合を、ふと連想する程度にまでよく知っているということのエクスキューズが、直の一人称になかったのが残念です。エピソードを挟むのが尋常な手段ですが、亜美の主観に語り手が寄り添う三人称で、学校や博物館、テレビなんかで見た原子モデルを亜美が連想し、語り手が水素結合という言葉を補うと言った手続きを踏めば無理なく導入できたかな、などと言い逃げてみます。

----

 面白かった。ただ13才の亜美にしては頭の回転が賢すぎる気がしなくもないけど…

----

 こういう話が書けるのは、双子の亜美真美だからこそ、という感じがしますね。思春期のアイデンティティ獲得というテーマはありがちかもしれないですけど、亜美真美が主軸だとまた違った様相が見えてきて面白いと感じます。

----

 同じじゃなくなった、というのを自覚する双子は切ないですね。先に竜宮小町入りした亜美の方が真美の背中を追いかけるというのは新鮮な感じがしました。遺伝子というかDNA的なくだりは少しむずかちかったかもね兄ちゃん!



前の作品  << もどる >>  次の作品

inserted by FC2 system